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 インド心得@島田流
 
オピニオン
日本におけるインド・ビジネスのWATCHER、島田卓の雑感を随時掲載します。


2008年の発信
1月 2月 3月 4月
5月 6月 7月 8月
9月 10月 11月 12月

■2008年8月
2008年8月15日
新国際勢力図にあわせた具体策を

 国際原子力機関(IAEA)がインドとの査察協定を承認した。これで印米原子力協定発効に弾みがつき、電力不足のインドで、地球温暖化に悪影響を与える化石燃料に頼らない発電手段の構築が進みそうだ。だが、印米協定の発効には中国を含めた原子力供給国グループ(NSG)の全会一致による承認が必要となることから、中国の出方が注目される。

 その一方で、世界貿易機関(WTO)の閣僚会合が決裂した。新興国で力を付けてきた中印の抵抗にあい、米国の主張が通らなかった。

 環境サミットと言われた「G8洞爺湖サミット」でも、これから訪れるはずの恐ろしい未来に対して、先進国首脳は具体的政策決定が必要とする決意表明を行なうことができず、「温室効果ガス削減の長期目標の共有を支持する」という玉虫色の表現で収束させた。そこには「削減目標の設定は受け入れられない」とするインドの頑なな姿勢がある。恐らく中国や他の新興国にも共通した姿勢ではないか。

 群を抜く米国の軍事・政治力を以ってしても、新興国の賛同が得られないと何も決められない。先進国の取るべき道の一つは、自分達が持っていて、新興国が持っていない手段を提供する。例えば、省エネ、省資源やエネルギー効率向上のための最新技術。農業関連も然りだ。自らの資金と努力で蓄積したものを早々たやすくくれてはやれないということだろうが、中印などがその技術を自ら獲得するまでごねることになったら、地球の破滅を招きかねない。今必要なのは地球の未来をまず考えることだ。

             (島田 卓)-----INDO WATCHER 8月号 後書
■2008年7月
2008年7月15日
混迷するインド政治

 1991年5月22日(水)早朝、デリー日本人会の緊急連絡網で「本日の外出は見合わせるように」との指示が出された。インドに駐在するようになって3カ月目のことである。前夜遅く、マドラス(現チェンナイ)から約45キロ離れたスリペルムブドルの総選挙演説会場で国民会議派総裁の元首相であったラジブ・ガンディー氏が暗殺されたのだ。インドがデフォルト寸前の経済(外貨)危機に陥り、進退窮まっていたときの出来事で、インドもこれまでかと思わせた。
 弔い合戦に勝利した国民会議派は長老のラオ氏を首相に選出、蔵相にはシン氏(現首相)、そして商工相にはチダンバラム氏(現蔵相)が就任、三頭政治で難局を乗り切り、今日のインド経済躍進の基礎を築いた。
 あの頃と状況は違うが、いまの政治の混迷度は当時以上だ。インドの安定エネルギー確保には米国との原子力協定が絶対必要だが、閣外協力で政権を支えてきた左翼政党が、その交渉をめぐってついに離反してしまった。
 それなのに、多数の政党が入り乱れて権力闘争を繰り広げている。そんな場合ではないと思うのだが、どうも英元首相チャーチルの言った「インドの指導者達は、つまらぬ口論に時間を空費するろくでなし」に成り下がったままのようだ。草葉の陰でインド建国の父マハトマ・ガンディーも嘆いていよう。『「国民会議派が」見苦しい権力争いに明け暮れるなら、知らぬまに党の消滅する日がやってくる』(1948)という同氏の警告を、60年経った今でも国民会議派の指導者は理解していない。否、しようとしていないのかもしれない。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 7月号 後書
■2008年6月
2008年6月12日
「若さ≠変革」の悲劇

 インドのシリコンバレーと言われる南部カルナタカ州議会選挙で、南部に地盤を持たなかったインド最大野党BJP(インド人民党)が圧勝した。与党第一党の国民会議派は2004年総選挙での勝利後、13州の州議会選挙で敗北を喫したことになる。
 地方選挙といえども、ソニア・ガンディー国民会議派総裁はじめ、ソニア総裁と故ラジブ・ガンディー元首相の長男である若き希望の星、ラーフル・ガンディー国民会議派幹事長(37歳)も積極的に応援に駆けつけている。そこまでやっての敗北続きで、国民会議派の影が薄くなってきている。
 43歳の若さでアメリカ大統領になったケネディは「たいまつは新しい世代に引き継がれた」と言い、新時代の幕開けを演出した。今年11月に迫ったアメリカ大統領選の民主党候補指名を確実にしたバラク・オバマ氏(46歳)は「Change(変革)」というスローガンを掲げ、変わらぬ(変われぬ)ことの危うさを訴えている。両者に共通しているのは「若さ=変革(新時代)の実現」ではないか。
 翻って、ラーフル・ガンディー氏はどうか。若さでは群を抜いているが、どうも時代を変えてくれそうだとの予感はしない。国民会議派は、ただ若く、ガンディー家の血筋を引いているというだけで有権者が動く時代は終わったこと、そしてこのままでは国民会議派の将来そのものが危ういと言うことを認識すべきだ。  
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 6月号 後書
■2008年5月
2008年5月13日
インドにおける「学習性無力感」症候群

 今年3月末のインドの携帯加入件数が累計は約2億6000万件、アメリカを抜いて中国に次ぐ世界第2位となった。昨年3月末が約1億6000万件だから、たったの1年間で1億件増加したことになる。それほど急成長を遂げる産業にもかかわらず、日本企業の存在感は薄い。
 東芝や日立、日本ビクターなど日本の家電メーカーのインド攻勢が新聞で報じられている。しかし、インドの家電はサムスンとLGの韓国勢が幅を利かせ、ここでも日本企業の影は薄い。韓国勢だけでなく、欧米勢にすら相当水をあけられてしまっているのが現状だ。
 なぜそうなったのか。心理学者のマーティン・セリグマンが10年間の研究に基づき発表したのが「学習性無力感」だ。過去に痛い目に会い、どうやっても困難な状況が克服できないことを学習してしまうと、その困難な状況を打破しようとする気さえ起こらなくなる、という学説である。
 日本企業のインドビジネスにも、そういった感がありはしないか。過去にいやというほど痛い目に会い、もうインドは勘弁してくれ、という学習が利いている人にインドは無理だ。
 日本企業もその辺を理解し、リスク覚悟で、インド無学習派でガッツのある社員に任せてみてはどうか。同じことの繰り返しでは埒が明かないと思うのだが。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 5月号 後書
■2008年4月
2008年4月11日
デカップリングと日印関係

 デカップリングは昨年辺りから良く耳にするようになった言葉で、カップリング(連結、連動)の反義語。米国経済が減速しても中印などの新興国の経済拡大により、世界経済の成長が持続する。すなわち、米国経済と他諸国の経済が必ずしも連動しないという論理だ。
 これがかなり怪しくなってきている。チダンバラム蔵相などもデカップリング論者寄りであったが、最近では米国のサブプライム問題などによる影響に言及しだした。一つには自身も含め政治家が最も恐れていたインフレ率の昂進がある。5%目標に対し、7%を記録したインフレ率は、下手をすれば与党の命取りになりかねない。
 そのためインド政府はコメの輸出禁止や、輸入物資への関税撤廃などを矢継ぎ早に決定し、インフレ鎮圧に躍起だ。大幅に値上がりしているのは食料品などで、蔵相は拡大する需要に供給が追いつかないためと説明している。需要に対応できない理由が、政府の農業生産に対する無策のためとの説明はない。
 しかし、農産物は流通過程や貯蔵施設の不足で3割もが腐ってしまうとも言われている。時代遅れの農業生産技術、そして供給状況を悪化させてしまう貯蔵や流通手段の欠如。こういった分野の技術は日本の誇れるところであり、カップリング(日印協業)のメリットが大きい。
 先進国と新興国。デカップリングを論じる前に、一層のカップリングによる相互利益の追求をしてみてはどうか。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 4月号 後書
■2008年3月
2008年3月13日
危うい国家予算

 来年度の予算は、まさに総選挙用の予算だ。弱者(農民)救済のために6,000億ルピーもの巨資を割き、低所得者層への減税も実施。一方で育成を図っている自動車産業に対しては物品税の引き下げを行ない、経済対策(需要喚起)にもそれなりの配慮を見せた。
 国防予算が1兆ルピー強だから、農民が抱える債務の棒引きに充てる資金がいかに大きいかがわかる。2004年の総選挙で、まさかと思われた政権交代が起こったのも、弱者への配慮を欠いた与党人民党(BJP)に社会の底辺で呻吟している貧困層が反発したためであった。その轍は踏まないとのメッセージだろうが、大盤振る舞いをするだけで、抜本的対策を打たなくても大丈夫だろうかとの疑問がわく。
 借金して種を買っても、雨が降らなければ収穫できない。信用力のない農民は高利貸しに頼るという構図は変わらず、自殺等による幕引きは後を絶たないという無惨な結果になる。労働人口の約7割を占める農民のGDP寄与率が2割程度ということが、その非効率さを雄弁に物語る。灌漑比率が40%程度で、抜本的な公共財投資は行なわず、歪んだ食料政策の代表である米麦の最低維持価格制度を温存、補助金や電力料金減免などでその場をしのぎ、逆に財政赤字の根源を作っている。
 9%成長も、モンスーン頼みの農業次第では心もとない。経済成長が見込める今こそ、長期的視点からの対策が必要だが、インドの為政者からは覚悟の程が見えてこない。危うい国家予算だ。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 3月号 後書
■2008年2月
2008年2月13日
インドのプレゼンス−内と外で拡大する矛盾

 インドのプレゼンスが高まっている。今年1月だけの出来事でもそれがうかがい知ることができる。マンモハン・シン首相の訪中、英ブラウン首相の訪印、そして26日の共和国記念日にはサルコジ仏大統領が主賓としてインドに招かれている。
 各人各様、その思惑はそれぞれかもしれないが、中国と共にインドも無視できない世界情勢になってきていることは確かだ。それは印仏共同声明でも明らかである。G8(主要国首脳会議)の参加国を、インドを含む13カ国にすべきだとし、さらにはインドの国連常任理事国入りにも支持を表明している。英ブラウン首相も同様の支持表明を行なっている。
 豊富な人的資源、巨大な国土、将来の経済大国への秋波は尽きない。
 だが一方で、国内には問題が山積している。原理主義による政教分離への挑戦。マイノリティーや言論の自由を求める人たちへの理由なき迫害。衛生面も悲惨な状態で、最近の鳥インフルエンザへの対応を見れば明らかだ。その他、インフラや初等・中等教育も然り。責任政党の場当たり的な人気取り政策が一層の混乱を招き、社会の底辺であえぐ人たちへの救済は後手に回っている。
 インドのプレゼンスが世界的に増すことにけちを付けるつもりは毛頭ないが、経済発展から取り残され、社会的に虐げられている人たちの現状を何とか改善することが急務だ。それもその場しのぎでなく、長期的視点に立った方法で。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 2月号 後書
■2008年1月
2008年1月15日
新時代の幕開け

 新興国の存在感が増してきている。「国際通貨基金(IMF)の統計(2006年)によれば、世界の経済成長貢献度で、中国は米国の2.9倍、インドも米国を上回った。しかし残念なことに、日本の貢献度は中国の12分の1」と日経(07年12月22日)は指摘する。
 サブプライムローン(米国の信用力の低い個人向け住宅融資)でゆれる欧米金融機関の救済者はシンガポールや中国、ドバイ系の金融機関などだ。GEのイメルト会長は、「サブプライム問題で米国での売り上げは落ちるだろうが、中印などでその分はカバーできる」とまで語った。これはBRICsに代表される新興国が世界経済を牽引しだしていることを物語っている。では新興国が良いことずくめかというと、必ずしもそうではない。
 中印両国の人口(約24億人)は、世界の人口(約66億人)の3分の1強になり、両国と米国で世界の二酸化炭素、いわゆる温暖化ガス排出量の半分を占める。これを何とかしないと地球は危うくなる。また、インドでは人口の3分の1が未だに貧困にあえいでおり、政府は補助金などの小手先の政策で問題の先送りをしているが、それもそう長続きはしないだろう。いずれ、抜本的な対策を採らざるを得なくなる。
 今求められているのは、先進国と新興国の垣根を取り払った相互扶助の観点からの国際協力ではないか。そういった意味で、地球規模での新時代が始まったと言える。
 読者の皆様にとって、今年が素晴らしい一年になりますよう、祈念申し上げます。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 1月号 後書

2007年の発信
1月 2月 3月 4月
5月 6月 7月 8月
9月 10月 11月 12月

■2007年12月
2007年12月13日
多党化時代に苦悶する素人政治家、シン首相

 1991年、経済危機に陥ったインドを再生させた立役者の一人が現首相のマンモハン・シン氏だ。大蔵省次官、中銀総裁を務め、およそ泥臭い政治には縁のないテクノクラートだったが、請われて(本人の言では「間違って」)蔵相になり、インドマクロ経済を立て直した。「政治で金儲けするつもりはない」と月給は1ルピーしか受け取らず、インドでは稀なクリーン政治家という評価を得てきた。
 しかし16年も政治家をやっていると、クリーンだけでは済まなくなる。世銀の報告によれば、インド全人口の33.5%は一日1ドル以下の収入で生活しているわけで、貧困削減のためには経済成長こそが最大の解決策と自ら述べている。そのためのインフラ整備の一環として、民生用核技術の協力を米国から取り付けたが、閣外協力をする左翼政党の国益を無視した横槍のため、立ち往生している。ところがその左翼勢力も、政権を担う西ベンガル州の州都コルカタで最近起きた暴動のせいで地に落ちた。その威信回復のためか、IAEA(国際原子力機関)の査察を容認したが、どこまで本気か疑問だ。
 一方、野党第一党BJP(インド人民党)の内部もがたがたしている。その背後には、バジパイ前首相とよしみを通じたソニア・ガンディー国民会議派総裁によるアドバニ元BJP総裁へのゆさぶりがあるという。
 複雑に入り組んだ政治のパズルをシン首相がどう解きほぐすのか。国民を愚弄するかのような政治ゲームでなく、国益に沿った政治判断が出来るか、素人宰相には荷の重い役割が回ってきている。 
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 12月号 後書
■2007年11月
2007年11月13日
議論好きの国から、アクションの国へ

 インド・ルピーが対米ドルで、年初から約11%上昇した。零細輸出業者は悲鳴をあげ、インド政府は救済措置を講じている。
 同じようなことが日本でも起こった。ドル高是正のためのプラザ合意(1985年9月2日)で、日・米・英・独・仏の先進5カ国(G5)のうち米国以外の通貨がドルに対して一律10〜12%幅で切り上がった。これを契機に円高が進み、当時の230円台から10年後の95年4月19日には79.75円という異常な円高に見舞われたが、効率化やコストカット、生産性の向上など血のにじむような努力の結果、日本の輸出産業は生き残った。この辺のノウハウたるや、世界に十分誇れるものだ。
 インド特有の事情もあり、唯々諾々と日本のやり方を受け入れるわけには行かないだろう。しかし、高等教育を受けられない何百万人という若者が毎年、労働市場に参入してくる。持続的な高度経済成長による貧困撲滅を掲げるインド政府にとって、多くの若者への職場提供が喫緊の課題だ。
 アジア唯一のノーベル経済学賞受賞者アマルティア・セン教授は自国民を"argumentative Indian(議論好きのインド人)"と称している。
 インドもそろそろその尊称を返上して、額に汗し、手を汚すアクションの国へと変貌してもよい頃だろう。少子高齢化で働き手確保に奔走する日本企業だが、そうしたインドで日本の出番が回ってきているのではないか。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 11月号 後書
■2007年10月
2007年10月15日
党益を越え、国益・世界益へ

 印米民生用原子力協力の取り扱いをめぐって、与党国民会議派と左翼勢力が折り合いを付けかねている。閣外協力する左翼勢力は下院(定数545)で62議席を占める。左翼勢力がその気になれば連立与党は過半数を割り、総選挙に突入せざるを得なくなるであろう。
 西ベンガル州を拠点とする左翼勢力は、自州の経済力強化のために外資の誘致に積極的だ。そのためのインフラ整備は喫緊の課題で、中でも電力の安定供給なくしては満足な外資誘致も叶わない。アルワリア計画委員会副委員長は、「インフラさえ整えば、外資は黙っていても来る」とまで言い切っている。
 それなのになぜ、頑なに民生用核技術の利用協力に反対するのか。米国との核技術の協力がそれほどまでにインドの独自外交を損なうのか。犬猿の仲であったあの中国でさえインドに対し原子力事業への協力を表明している。まして、地球温暖化ガスの排出削減のためにはインドの積極的な参加が不可避だ。
 と考えてくると、左翼勢力は、自党勢力の維持、うがった見方をすれば、共産党左派の代表者であるカラット書記長の権力闘争の具に使っている感がしてならない。与党国民会議派の国民に対する説明も不十分だし、協力を推し進める米ブッシュ政権に残された時間は限られている。国民会議派と左翼勢力は国益と世界益の観点からの議論をもっとすべきではないか。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 10月号 後書
■2007年9月
2007年9月14日
懸念される日印指導者の認識ギャップ

 安倍首相が8月22日、インドの国会で大変意義ある演説をした。ムガルの王子、ダーラー・シコーの著書の題名を冠した「二つの海の交わり」という、非常に格調高い、哲学的な内容である。過去の偉人の言葉を随所に引用、日印の歴史を紐解き、あたかも大学の講義用ノートかと思わせる。しかし、かなり長文の演説であったのに、現実的で身に迫ってくるような件は余り含まれていなかった。「あと3年で両国の貿易額が総額200億ドルに達することはたぶん間違いないところだと思います」と具体的数値をあげているが、「たぶん」と心もとない。
 昨年11月の中国胡錦涛国家主席訪印時の共同宣言では、2010年までに二国間貿易額を現在の約2倍の年間400億ドルにすると明記している。
 一方、マンモハン・シン首相は同日開催された歓迎晩餐会のスピーチで、"We must make up for lost time(我々は失われた時を取り戻さなくてはならない)"と発言している。日印関係はその可能性を十分生かしきれておらず、より具体的なアクションが必要で、それへの日本のコミットメントが欲しい、ということではないか。
 インドは増え続ける若年労働者への職場提供が喫緊の課題で、それが出来ないと「豊富な人口が悪夢をもたらす」(レディ・インド中銀総裁)ことになる。美辞麗句より、具体策が欲しいインド。双方のトップに、認識のズレがないか心配だ。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 9月号 後書
■2007年8月
2007年8月16日
カーストとインド・ビジネスの関係

 インド人史上初の女性大統領が誕生した。前ラジャスタン州知事のプラティバ・パティル氏(72歳)だ。
 前大統領のカラム氏はイスラム教徒で、インドミサイルの父といわれる科学者、そして、その前の大統領は被差別カースト出身のナラヤン氏であった。ナラヤン氏は大統領就任時、「わが国の憲法の核心は、社会主義の実現にある。」と語っている。
 大統領選出には政治的配慮もたぶんに作用すると思われるが、そうした点を差し引いてもインド人の柔軟性の一面を示していよう。
 ビジネスにおいても同様なことが言えるのではないか。インド第3位のIT企業、ウィプロのプレムジ会長はイスラム教徒だが、「ムスリムであることがビジネスをやる上で障害になったことはない」と明言している。このあたりは、古代ローマ帝国の社会とどこか類似している。
 古代ローマ帝国では、奴隷となった他国民であっても、努力と能力しだいでいかなる人物もチャンスをつかむことができた。インドにおいても、ビジネスに関しては古代ローマ帝国と同様の考え方が機能する。いくら本を大量に読んでも、どれほどカースト制度に習熟したとしても、ビジネスにはあまり役に立たない。
 それよりも、本人本位を貫けば、カーストも道を明けてくれる。その上で、日本人だ、インド人だなんて言うのもやめたらいいと思う。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 8月号 後書
■2007年7月
2007年7月11日
日印の協力とアジアの未来

安倍首相が提唱している「美しい国」とは、日本を愛そう、愛せる国にしよう、という考えだと思われるが、その際、もう少し幅を広げて「美しいアジア」的発想を入れてみたらどうだろうか。
世界の人口が66億人になり、印中だけで約37%を占める。他のアジア諸国が公害まみれであれば、ひときわ日本の美しさが際立つという不謹慎な発想ではないとは思うが、そうなったら大変なことだ。
同様なことがインドにも言える。従来から非同盟の盟主として、大国には与しないといった姿勢を保ってきたが、BRICsの一角を占め、ここ数年来の高度経済成長も手伝い、他国がインドをもてはやすものだから、大国意識だけが鼻につくようになってきた。
インドは今、新興大国としての自覚を持ち、欧米諸国の保護貿易主義や地球温暖化問題などで、「ここまでだめにしたのはあなたたち」などと、先進国を非難するだけではなく、相手への歩み寄りと応分の責任分担の明確化がインドに課せられた使命ではないか。
本文を書いている最中、7月2日に石炭火力発電のCO2削減が可能な日本の先進技術をインドに提供する共同声明が発表された。その種の協力分野はあまたあるに違いない。インドはそうした先進技術の恩恵を享受する一方、インド独自の国際貢献を真摯に手掛けるべきである。日本にはそれを支援するだけの技術力がある。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 7月号 後書
■2007年6月
2007年6月12日
インドが抱える課題

国民会議派を中心とした統一進歩連合(UPA)政権が成立して3年が経った。発足当時はセキュラリズム(非宗教主義)に立脚した経済成長と貧困削減を掲げ、それなりの成果をあげてきたといえる。
この間の経済成長率は8%を上回り、外貨準備高は2,000億ドルを超え、世界経済に与える影響も増してきた。最近発表された米マッキンゼー調査では、中間層の拡大が勢いを増し、今後20年間で5億人もの消費者を生み出してドイツを抜き、中国と並び称される巨大市場を形成すると予測している。
しかしながら、未来は無条件で実現するものではない。例えばアルワリヤ計画委員会副委員長が主張するように、GDP5%弱程度のインフラ投資を8%程度にまで拡大する必要があるし、外資への一層の門戸開放も必要だ。 
その際、一段の経済自由化に抵抗を続ける閣外協力左派政党をどう説得し、それと並行して、悪名高いインドの官僚機構をどう変革していくかが課題となる。
これまでのインドの経済発展は、教育を受けた勤勉な人的資源による改革の推進があったればこそだが、一層の発展を望むのであれば官僚機構も巻き込んだ徹底した改革の推進が必須である。
中東のドバイの発展が目覚しいが、かなりの人口をインドからの移民が占める。自由な経済環境の下での、インド人ダイナミズムが発揮された格好の事例だ。いま必要なのは、そんなダイナミズムをインド国内でも発揮できる環境づくりなのだ。
             (島田 卓)-----INDO WATCHER 6月号 後書
■2007年5月
2007年5月12日
日印「連携」のあり方

 『インドビジネスQ&A』(本誌P.34)の質問「インドのM&Aの展望」でバルガバ氏は、「日印企業の連携を強めるには、M&Aとは違う方法を模索するほうがよい」と回答している。これは多くのことを示唆する、含蓄に富んだ言葉だ。
 日本にあってインドにないものは何か。答えはバルガバ氏も指摘するように、「先端技術と効率的な生産現場を管理する能力」であろう。
 プリンストン大学のポール・クルーグマン教授は、約10年前に発表した『まぼろしのアジア経済(The Myths of Asia's Miracle,1994) 』で、アジア各国の経済成長は、生産要素のうちの労働力と資本の圧倒的な投入の伸びによってもたらされていることから、長期にわたり持続できるものではないと断じている。どうすれば持続可能なのか。それは経済成長を支えるもう一つの要素、全要素生産性(TFP=Total Factor Productivity)を取り込むことである。
すなわち、インドが今後、持続的経済成長を望むなら、投入量の拡大にのみ頼るのではなく、技術進歩や効率性の向上を伴う体制に移行する必要がある。
 インドが持つ膨大な若年労働力は、それ自体大きな成長牽引力である。しかし、インドがそれだけに頼り、TFPの向上をおろそかにしていると、1997年アジア危機のインド版を引き起こしかねない。
 それを阻止するための防波堤の構築には、その技術を持つ日本企業と協業することが早道である。日本企業はこの辺を十分認識してインド企業へのアプローチを考えたらどうだろうか。
(島田 卓)-----INDO WATCHER 5月号 後書
■2007年4月
2007年4月11日
SAARC会議の示す方向性

インドやパキスタンなど8カ国で構成する南アジア地域協力連合(SAARC: South Asian Association for Regional Cooperation)の首脳会議が3日と4日、ニューデリーで開催され、日本からはオブザーバーとして麻生外務大臣が出席した。他に、米中なども同様の資格で参加している。
 同会議でインドのマンモハン・シン首相は、「現在、南アジアではかつてない経済と政治の変革が起こっている」と述べると共に、「南アジアが一つになり、繁栄と協力、そして平和と開発を成し遂げていくべきときが来た」と語った。その上で、南アジア自由貿易協定(SAFTA)の盟主としての地固めに、一部加盟国からの輸入品に対する関税の年内撤廃と、輸入品のネガティブリスト記載品目数の削減も明言した。その一方で、印パ間の関係改善の証となるイラン産天然ガスをパキスタン経由でインドが輸入するパイプラインの早期完成や航空便の増便、ビザの発給条件緩和などでも合意している。
 インド外交のベクトルはSAARC、アジアそして世界へと向かう。その際、インドはアジアの他の2大国、日本と中国との外交が従来の二者択一ではなく、両てんびん外交となるだろう。そのとき日本はどういった外交ベクトルで対応するのか。まさか二者択一はあるまい。早目に手を打っておかないと、日本の専売特許、「too late(遅すぎ)」がまた現実になってしまう。(島田 卓)
-----INDO WATCHER 4月号 後書
■2007年3月
2007年3月12日
果実再配分への配慮

チダンバラム蔵相が2月28日、来年度予算案を国会で発表したが、「2007年度予算案を発表させていただき、光栄です」と言っただけで、淡々とその後を続けた。ちょうど10年前の同じ日、同じくチダンバラム蔵相(=当時も蔵相だった)が発表した予算案は「夢の予算(Dream Budget)」と称され、各界から賞賛を浴びた。そのため、今回もどんなサプライズがあるかと期待した人は多かったようだ。しかしながら、発表された予算内容は至極まともなもので、一部の関税引き下げを除けば特筆すべき項目はなく、サプライズを見つけることも困難だった。
 インドの経済成長率は9%を超え、二桁成長も視野に入ってきているが、一般庶民の実感は、外部から見るほどのものではないようだ。自殺する農民は跡を絶たず、満足な教育を受けられない若年層も多数いる。インフレ昂進は一般家庭の台所を直撃し、劣悪な衛生環境の中で何とかその日暮らしをしている人たちも多い。彼らをいかに救済していくかが、大きな社会問題としてクローズアップされている。
 経済発展の恩恵に浴していない層の募る不満をいかに解決していくか。ある程度経済自由化による果実を得たインドが、いまや、その分配に腐心する時代を迎えたと言える。その舵取りに失敗すれば、マンモハン・シン内閣も崩壊するだろう。今回の予算はそうしないための政治的な配慮を施した予算であったと思われる。(島田 卓)
-----INDO WATCHER 3月号 後書
■2007年2月
2007年2月15日
エネルギーめぐりインドとロシア、中国が大接近

1950年1月26日にインド憲法が施行されたことを祝い、毎年1月26日は国民の祭日(インド共和国記念日)となっている。当日は丘の上の大統領官邸からインド門まで、直線にして約2キロを各州のパレードやインド軍隊などの行進が続く。例年外国の国家元首を招待するが、今年はロシアのプーチン大統領だった。その前日には重要な両国首脳会談が行われている。戦略的相互協力の確認をベースに、原発関連でロシアの協力姿勢が目を引いた。ロシアはインドに対して新たに原子炉4基の建設を約束した他、インドが米国の核技術の導入に必要な原子力供給グループ(NSG)からの承認を得られるように協力する姿勢も見せた。既に、「サハリン1」(ロシア・サハリン沖石油・天然ガス事業)からの原油輸入が昨年12月にスタートしている。また、中国は昨年11月胡錦濤国家主席がインドを訪問、民生用の原子力分野での協力を約し、共同宣言には2010年までに二国間貿易額を400億ドルに拡大するとの目標を明記した。その翌月北京で、印中はエネルギー関連で協力する覚書を結んでいる。この印・ロ・中3カ国による外相会議が今月ニューデリーで開催される予定だ。自国で消費する原油のほとんどを海外に依存する日本にとって、エネルギーの安定確保は死活課題だ。日本はこうした印・ロ・中の協力関係に楔を打ち込んでおかないと、大変なことになりはしないか。持てる油を失いその首を断たれた者がいた。これを「油断」と呼んだ。古代インドの書「ラーマーヤナ」に出てくる。まさに「油断大敵」である。(島田 卓)
-----INDO WATCHER 2月号 後書
2007年2月7日
米国で活躍するインドの女性

 昨年10月、米清涼飲料大手ペプシコの最高経営責任者(CEO)に就任したのがインドラ・
ヌーイさん(51歳)。同社で始めて女性がトップに立った。今、米国でもっともパワフルな女性の一人である。インドの大学を卒業後、米エール大学で修士号を取得、米国の有力会社数社を経験した後、1994年にペプシコに参加している。その彼女が5日、今度はペプシコの会長に選出された。現会長のレインムンド氏(58歳)が今年5月2日を以って退任する後を継ぐ。ペプシコの売り上げは320億ドル(約3兆8千億円)を超え、女性がトップを務める米国企業では最大手の部類に入る。インドの普通の家庭に生まれ大学までインドで過ごし、その後米国に渡り同国大手企業のトップに上り詰める、それも51歳の若さである。異国でがんばる若き優秀なインド女性もすごいと思うが、そういった人物を受け入れ、とてつもない地位に就けてしまう米国ビジネス界のダイナミズムに脱帽といったところか。
 一方、政治の世界でもインド人女性が頭角を現している。こちらは、渡米し結婚、そして離婚したインド人の母親が、生活保護を受けながら育てた女性が、来年の米大統領選に立候補を表明したヒラリー・クリントン上院議員の選挙参謀に指名された。ニーラ・タンデン(Neera Tanden)さんがその人で、1996年にエール大学ロースクールを卒業、クリントン元大統領の政策立案を手がけ、クリントン・ゴア・コンビの大統領キャンペーンにも加わっていた。その後大統領官邸の報道部門に移り、民主党政策立案局の補佐官にまで昇進した。マサチューセッツ州知事を務め、1988年の大統領選で民主党候補として立候補するも共和党のブッシュに敗れたマイケル・デュカキス ( Michael Dukakis )のキャンペーンにも加わり、そこで知り合った男性と結婚、現在は二児の母親でもある。クリントン元大統領にも夫妻で気に入られ、ヒラリー夫人の評価も高かったようだ。はたしてタンデンさんが来年の米大統領選挙戦でどんな采配を振るうのか、外野席での楽しみが増えた。
(島田 卓)
■2007年1月
2007年1月18日
あきれた決定

首相府からの指示で、昨日、経済特区(SEZ)の認可委員会(BoA)開催が無期延期となり、SEZの認可業務が実質的にストップした。既に認可取得済みのSEZ案件についても再審査が行われることになるという。
基本認可を取得しているが官報で公表されていない163件や、申請中の約300件が宙に浮くことになる。インド経済や国益にとって大きな打撃となることは間違いない。
個々には種々問題を抱えるプロジェクトはあろうが、全体の進行を止めるというのはインド政府の暴挙と言わざるを得ない。背景にはウッタル・プラデシュ(UP)州の州議会選挙が迫っており、与党としては国民感情に配慮した「人気取り政策」をせざるを得ないのかもしれないが、それをもって今回の決定が正当化されるものではない。
確かに、不正なSEZ認可取得行為があることは間違いない。例えば、工場建設を条件に農地の工業用地への転換許可を得て取得用地の価格を吊り上げ、そこに掘っ立て小屋を作っただけで転売禁止期間の2年間をやり過ごし、その後転売して巨万の利益を得るといった事例がある。
しかし、真面目にプロジェクトを展開しようとしている企業が、そういった輩と十把一絡げにされたのではたまらない。
そうさせないためには、認可業務に絡む不正行為が排除されるシステムを作り上げ、政府は極力認可作業から手を引くことだ。
昨日の当地有力経済紙The Economic Times(印刷版)に、プラフル・パテル民間航空大臣が、「インドには十分な資金とビジネスがある。(そんな時に)政府が何でも自分たちでやりたがると問題が生じる」と述べている。分かっている人は、分かっているのだが、政治が絡むと本筋が通らなくなる。
ということで、インド投資を行う人や企業は、シン首相が「馬鹿なことをやっている」ことは先刻承知であることを分かっておく必要がある。一喜一憂する必要はない。UP州の選挙が終わってほとぼりが冷めれば、認可委員会は再開されるはずであるから。(島田 卓)
-----INDO WATCHER 1月号 後書
2007年1月17日
未開拓マーケットへのコミットメント

クレディ・スイスは、インドの今年の経済成長率が10%に達し、中国(9.9%)を抜いて世界最高の成長を記録すると予測する。世界的に著名なヘッジファンド投資家のジョージ・ソロス氏も「(投資先として中国より)インドにより関心がある」と発言した。その一方で、5年前は日本と同じ40億ドル程度だった印中の年間貿易額は200億ドルに迫り、エネルギー確保に関する相互協力で合意した。米国は、新法をつくってまで「米印原子力協定」を成立させた。これらはすべて昨年12月の出来事である。
もう一つ大事なことがあった。マンモハン・シン首相の訪日である。しかしこちらはなぜか影が薄い。具体的な日印関係のあるべき姿がお互いに明確に描ききれていないからではないか。インド側は日本企業との関係強化に意欲を見せてはいるが、日本サイドにそれを受け入れる素地が出来ていない。それは日印の人間関係が相互性に欠けているからではないか。
中国から日本への留学生8万人に対し、インドからは300人程度だ。「人的資源への投資こそが経済活性化のカギ」とロバート・ライシュ、ハーバード大学教授は言う。少子高齢化に向かう日本と、自国産業だけでは雇用しきれないほどの若年労働者が生まれるインド。未開拓のマーケットだが、開拓するにはそれなりのコミットメントが必要となる。
今、日本に求められているのはその決意ではないか。(島田 卓)

2007年1月16日
交差点のおまわりさん

デリーからノイダに車で移動していたとき、混雑する交差点で一人のインド人青年がなにやら奮闘しています。車やバイクやトラックやらがてんでに道を横切ろうとして、収拾がつかなくなっているのを見かねたのか、交通整理のおまわりさん役を勝手にやっちゃってるんです。



同乗していたインド人仲間に「凄いね、インド人は自発的にここまでやるんだ」とほめてみました。
相方いわく「それほどインドの交通事情はひどいのさ。インフラが整備され、交通規則がきっちり守られてる日本では必要ないでしょう」。
そうかもしれないが、何も好き好んで排ガスが充満している交差点で、頼まれもしない交通整理などするような物好きは日本にはいないと思うのですが。で、こういった光景などはインド人のDNAをよく物語っているのではないでしょうか。
そこでクエッションです。次に述べられているのは、どこの国の人のDNAでしょうか。
自分が良いと思ったことは人様がどう思おうがかまわないからやる。
自分の行動が人様からどう思われるかを考えてからやる。

(回答)
前者がインド人のDNA。
後者が日本人のDNA。

なお、自分は前者だと思う人がいて、どうも現在のビジネスは今一だということでしたら、一度インドビジネスを手がけて見てはいかがでしょうか。

ただし、成功するかどうかは保証しかねます。


2007年1月9日
米政府の妥協―対印特恵関税期間を延長
米国政府は昨年12月21日、インドに対し従来から許容してきた一般の関税率より低い税率を適用する制度、一般特恵関税制度(GSP)の2年間の延長を決定しました。同GSPは昨年末が期限でしたが、期限切れ前に更新されたのは今回が初めてです。
 ブッシュ米政権は経済力をつけてきているインドを含む13カ国について、特恵税率は最早必要ないとの立場を明確にしていましたが、インド政府は米国内でのロビー活動などを通し、今回の更新を実現してしまいました。ちなみに、05年におけるインドの対米輸出額188億ドルのうち、GSPによる輸出額は約41億ドルと、全体の2割強を占めています。この特権が温存されたわけです。
 新興勢力として力をつけ、いまや経済大国並みの力を誇示するインド。その一方で、自国の輸出拡大のためGSPの継続を要求するインド。一見矛盾に満ちた行動のように見て取れますが、あくまでも自国の利害を重んじるインドのしたたかさが垣間見えます。一方の米国は、自国の利害を考え、インドを自国陣営に組み込もうと、「核技術の供与」を初め、インドとの交渉ごとにおいて、多少の妥協はかまわない、といったスタンスを取り続けています。
 「政治家や外交官は命を賭けて自国の利益を守るのが使命。したがって、外交をするのではなく、外政をやる必要がある」とは、『ローマ人の物語』を完成させた塩野七生さんのエッセー『ローマの街角から』に出てくる表現を私流に読み替えたものです。
 外で交わる(外交)のは手段であって、目的ではない。交わって、交渉して、自国の利益を守る、これが外政である。インドの政治家や外交官は外政に徹しているように見える。
そのしたたかさに学ぶ点は大いにあるのではないでしょうか。



2006年の発信
1月 2月 3月 4月
5月 6月 7月 8月
9月 10月 11月 12月

■2006年12月
2006年12月17日
来年はインドが経済成長率で中国を凌駕、CSFBが予測
 インドの来年の経済成長率は10%に達し、中国の9.9%を抜き、世界最高の成長率になる。有力調査会社であるクレディ・スイス・ファースト・ボストン(CSFB)の同社12月の調査報告書でこの予測を明らかにした。この報告書は香港を拠点にし、毎月関連調査報告を執筆しているタオ氏(Mr. Dong Tao)によるもの。
 インド経済は消費需要の拡大やインフラ投資に牽引され、今年の予想成長率9.5%が来年は10%にまで伸びるとしている。インド政府の経済成長率10%達成目標が、第11次五カ年計画(07年4月−12年3月)の最終年であることを考えると、かなり大胆な予測だ。一方の中国は、06年が10.4%と10%台を記録するも、来年は10%を割り込む予想。
 インドの懸念材料としては、流入外貨による過剰流動性(注)の増加からくるインフレの昂進で、これを抑えようとすると金利の上昇が不可避になり、経済発展の腰を折りかねないこと。
5%前後のインフレ率に抑えつつ金利上昇も避けたいインド政府は12月8日(金)、マーケット終了後に、準備預金率の引き上げという姑息な手段で過剰流動性の市場からの吸い上げを図った。これは銀行が活用すべき資金の一部凍結であり、抜本的な経済改革につながるものではなく、逆行するものともいえる。赤字垂れ流しの公営企業や非効率的な官僚機構の改革が本筋だが、こちらは政治問題になることからそう簡単にはいかない。時間を掛けてやるしかないのだが、のろ過ぎる。いつまでの小手先の金融政策ではあるまい。第11次五カ年計画の目玉はインフラ整備や農業生産性の向上、そして製造業基盤整備による雇用拡大だが、金融改革も同時に推進して欲しいものだ。

(注)FDI(外国直接投資)やインド証券市場への投資などでインドに入ってくる外貨はそのままでは使えないことから、一旦インド通貨であるルピーに換える必要がある。すなわち、市場でドルを売ってルピーを買う。そうすると、ルピーが増加してしまう。こうして生まれてくるのが過剰流動性(必要以上に自国通貨の供給が増えること)で、インフレ要因になりかねない。ちなみに、11月のインド証券市場への外貨流入(買い越し)だけで20億ドル(約900億ルピー)あり、単純に言えば、不必要な自国通貨が1カ月間で900億ルピー(約2,500億円)生まれてしまったことになる。

2006年12月17日
ソロス氏、中国よりもインドを好む
 12月14日付のダウジョーンズ日本語ニュース(ジャカルタ発)によると、世界的に著名なヘッジファンド投資家のジョージ・ソロス氏は13日、中国経済の安定は民主的開放の欠如によって脅かされる可能性があると警告した。ジャカルタで開催された経済・政治セミナーでの発言で、「(投資先として)インドの方により関心がある。インドは民主主義国家だ」と述べた。同氏は、中国の経済成長の持続性は、政治的自由化に抵抗することで脅かされており、そのことは数年前の国内メディアへの統制強化措置による「政治的開放」の逆行に示されたと述べている。
 確かにインドの国内政治は腐敗が充満しているようで流動的だが、国体としての政治には懸念がない。シビリアンコントロールが効いており、軍隊によるクーデターの危険性は皆無といってよい。逆に、変に民主的で、やるべきことも満足にできていない、否できないという弱点もある。この辺をどう見るかだが、長期的視点に立った場合には、インド的政治体制のほうがより好ましいことは言を待たない。
 例えば、過去インドネシアではクーデターで自国通貨の価値が半減している。100億円投資して経済活動とは関係なく半分損失が出たら、どうやってそれを取り返せというのか。50億円の純利益を生み出すことは並大抵なことではない。投資家に対する目先の優遇措置も必要だが、長期的視点に立った投資活動へのサポートやインド政府の自国経済政策に対する透明性(説明責任)に基づく判断も欠かせない。

2006年12月
"Too late"にならぬために
 日印の年間貿易額はここ数年40億ドルから50億ドルで推移。5年前に約30億ドルだった印中の貿易額が、今年はその7倍近い200億ドルに達し、2010年には400億ドルになる見通しだ。そうなると現在の印米貿易を抜く。この11月、胡錦濤・中国国家主席が訪印した。中国の国家主席としては10年ぶりとなる。国境問題では依然微妙な関係にある両国だが、経済関係の拡大をテコに、マンモハン・シン首相は「人的・文化的交流を深め、両国の緊密な関係を構築する必要がある」と述べ、胡錦濤国家主席は「両国の経済交流の拡大はアジア経済に資する」と語った。
昨年4月、小泉首相訪印時にシン首相は「二国間の経済交流拡大のためには(両国を隔てている)心理的壁を乗り越えることが必要」と語っている。日本への中国人留学生約8万人、一方のインド人留学生は300人程度。インドへのODA総額1,544億円は、全て目に見えるものに使われ、ソフトパワー(人的資源)への投資は対象にならない。せめてその1%でもこの無形の資産に投資をしておけば、将来の楽しみになるはずだ。日本の専売特許である"Too late"にならぬために。
2006年12月
インド中銀、現金準備率を上げる
 インド中央銀行(RBI)は12月8日、市中銀行に義務付けている中央銀行への現金準備率を0.5%引き上げ、5.50%としました。実施は2回に分けて行われ、12月23日と来年1月6日に各々0.25%ずつ引き上げられます。インド政府は10月以降5%台で推移するインフレ率の上昇に神経質になっており、市場から資金(現金)を吸い上げることで、過剰流動性によるインフレ懸念を払拭しようという意図があります。
 インド経済は好調を維持しています。インド中央統計局が11月30日発表した7−9月の国内総生産(GDP)は前年同期比9.2%の高い伸びを示しており、4−9月でも9.1%と、9%台に乗っています。これに伴い銀行の貸し出しなどの与信も拡大しており、農業関連を除く銀行与信残高はこの11月24日までで、前年同期より約30%も増加しています。
 一方、インド経済の将来性を見込んだ外資の証券市場への流入も増加しており、10月と11月の2カ月で37億ドル(約1,652億ルピー)もの買い越しとなっています。
 インド政府はこれが市場で売られるとルピー高を招き、輸出産業への打撃になることから緩やかなルピー高を演出するため市場に介入、ドル買い(ルピーの市場への放出)を行っています。そのため、ルピー資金が潤沢になり、インフレに繋がりかねないことから、銀行から資金を吸い上げ、通貨供給量の調整をしたわけです。
 今回の現金準備率引き上げで市場から吸い上げられる資金量は約1,350億ルピーといわれ、10、11月の流入外貨の約80%相当額となります。
 外資流入の増大は、インド経済への信頼の証になりますが、その一方で、政府の目標値であるインフレ率(5−5.50%)達成への危険信号も出てきます。インドは自由主義経済ですから、経済拡大を目指すことが前提となり、ある程度のインフレも不可避です。
 しかしながら、一般庶民からすれば、政府の経済拡大政策は歓迎しながらも、物価は安定していて欲しいというところでしょう。
 5%程度の物価上昇で、9%程度の成長を維持したいインド、政府の経済運営の手腕が問われていくことになります。 (島田 卓)

2006年12月
投資誘致に力点をおいた11次五カ年計画
 来年4月から始まる第11次五カ年計画が12月9日、全州首相が参加する全国開発委員会(NDC)で承認されました。「不必要な補助金の削減」、「農業生産性の向上」と「投資環境の整備」が今回の5カ年計画の主要ターゲットです。
 これら項目の達成によって年平均で9%、最終年になる2012年には10%の経済成長を目指すというものです。首相も臨席した会議で、五カ年計画の原案を作った計画委員会のモンテック・シン・アルワリヤ副委員長(委員長はシン首相)は「GDP比35%の投資を呼び込むための環境整備が必要」と、民間投資誘発のための努力の必要性を訴えました。 そのためには技術を習得した労働力の輩出が必要とし、来年、「技術開発ミッション(Skill Development Mission:SDM)」を設置することも発表しています。
 インドでは統計上、年間1,200万人もの労働力が生まれています。「オギャー」と生まれた子供は、教育を受けようが受けまいが、18年経てば確実に18歳になります。インドが誇るIT業界が吸収できる年間雇用規模はせいぜい30万人、その他の人はどこに雇用を求めることになるのでしょうか。手っ取り早いのは製造業でしょう。しかし、技術の何たるかも解さない若者をおいそれと使うわけにはいかないでしょう。そこで、SDMの設置となったわけですが、お上のやるところはそこまで、後は民間がどこまで官民一体となった協力を行えるかが鍵を握ります。
 日本の製造業団体もこの辺に目をつけ、日印官民共同事業としての「インド人技術者養成プロジェクト」などを打ち出したらどんなものでしょうか。最大の効果を挙げる援助とは、困っている人や国に、困っていることを解決する提案を行い、具体的処方箋を見せてあげることだと思います。
(島田 卓)
■2006年11月
2006年11月
メイド・イン・インディアの米上院議員スピーチ
 本日(11月13日)付けタイムズ・オブ・インディア紙によると、米国オレゴン州ポートランドを地盤とする共和党上院議員フランク・モース氏のスピーチ原稿(The Impact of Globalization on Oregon Economy:グローバル化がオレゴン州の経済に与える影響)はインド人が書いているとのことだ。
 インドIT(情報・技術)企業の勃興で、米国人がその職を奪われるとし、インドへのITアウトソースを禁止する州も出ている最中、なんとも皮肉なことである。同議員のインド人スピーチライターはクルカルニ氏(Mr. Vivek Kulkarni)といい、インドのシリコンバレーといわれる南部都市バンガロールを州都とするカルナタカ州政府の元IT省次官。日印ITビジネスプロモートのため2000年秋に来日しており、筆者も彼のオフィスにお邪魔したことがある。
 なぜモース氏がクルカルニ氏にスピーチ原稿を依頼したかというと、世界的ベストセラーとなったニューヨークタイムスの著名コラムニスト、トーマス・フリードマンの著書『The World is flat』(世界のフラット化)に触発されたためらしい。同書ではいかに世界が身近になってきているかを、インドのIT企業などの活動などを引き合いに出して解説しており、その中に出てくるクルカルニ氏が主催するスピーチ原稿も扱うコンサル会社を知るに至ったということらしい。
 準備には相当な時間を要したとのこと。過去のモース上院議員のスピーチを徹底的に調べ上げた。その傾向や語り口を習得、オレゴン州経済の現状をつぶさに研究して書き上げた。ただし、書き上げたのはバンガロールであり、米国オレゴン州ではない。クルカルニ氏は世界中からおびただしい数の雑誌を購読、その上、インターネットを通して必要な情報を手に入れる。インドに居ながらにして、米国上院議員のスピーチ原稿が書けるからくりがそこにある。もっとも、これは当人にそれなりの英語力が備わっていて、集まってくる、また、集められる情報をうまくさばけるだけの能力があってはじめて出来る芸当だが。
 トーマス・フリードマン氏は雑誌のインタビューに答えて、次のように語っている。
 「私はかって両親に『トム、ご飯は残らずに食べなさい。中国やインドでは食べたくても食べることの出来ない人たちがいるのですよ』と叱られました。しかし、今、私は娘たちに『宿題をしなさい。そうしないと、中国やインドの人たちがおまえたちの仕事を奪ってしまうよ』と言い聞かせています」(日経ビジネス、2006年7月17日号)
 対岸の火事と捨て置くには、あまりにも大きな意味を含んでいると思いませんか。 (島田 卓)


2006年11月
児童労働とインドの未来
 インド政府は10月、従来の「児童労働禁止法」を改正し14歳未満の児童が簡易食堂やレストラン、ホテルの従業員、家事使用人として働くことを禁じるとした。インドでは5歳から14歳までの児童約2,000万人が、学校にも行かずに何らかの労働に従事しているといわれる。こういった法律があること自体何か変である。政府自らが児童労働を認めていることになる。しかし、インドの現状を見れば、きれいごとを言っても始まらない。児童労働に頼って生活している相当数の貧困層が存在し、その労働力を使って成り立っている零細企業も無数にあるからだ。それにもかかわらず、いかに児童労働を撲滅するかの議論が出てこないのが腑に落ちない。最近、マンモハン・シン首相は良く「インドを世界の工場にする」と発言している。しかし、具体的施策は出てこない。児童労働に頼った零細企業を保護する一方で、軽々に口走る美辞麗句は虚しく聞こえる。インドを本当に世界の工場にする気があるなら、零細企業を保護する資金で児童職業訓練校を作って、学校に行けない子供たちに技術を学ばせたほうがよほどましである。その間、生活保護手当を出して、家族が最低限の生活が出来るようにしてあげる。そうした子供が成人すれば、インドは自ずと世界の工場になれる。日本政府も何らかの形で協力できるのではないか。 (島田 卓)
(INDO WATCHER 11月号編集後記)

■2006年10月
2006年10月
インドとの関係強化の意味
 安倍新首相がインドのシン首相と電話で協議、12月に日本で首脳会談を行うことで合意したようだ。インド首相の来日は01年12月のバジパイ首相以来、5年ぶりである。安倍首相は「将来最も可能性を秘める二国間関係だ。経済、文化などあらゆる分野で関係を強化したい」と強調、シン首相も考えが同じであると述べたとのこと。その際言及された二国間の関係強化であるが、一部には、日本がインドとそういった関係構築に動くのは、日増しに国際的プレゼンスを高めつつある中国に対するけん制としてインドを使う考えがあるからとの議論がある。インドにとって、あまり気分のよい議論ではない。アジアの中で、中国が一人勝ちするような図式は好ましくないが、そのため、インドカードを使うという発想は、インドに対して失礼極まりないものであろう。
 中国の急激な台頭は気になるものの、なぜ今、日印関係の強化が必要なのかを、二国間の相互理解を深める形で明確にしていく必要がある。日本がアジアの一員として尊敬され、信頼に足り得る国であるためにすべきことは何か。そのへんが曖昧だと、インドカードのような小手先の戦略論が頭をもたげてくる。日本にとって好ましくないことはもとより、アジアの諸国にとっても危険な議論に映るだろう。心したいことである。 (島田 卓)
(INDO WATCHER 10月号編集後記)

■2006年9月
2006年9月
Can we change? (我々は変われるか)
 米経済誌フォーブスが8月31日「世界で最も影響力のある女性100人」を発表した。第4位にはインドで生まれ、インドで教育を受けたインドラ・ノーイ(Indra Nooyi)さんが選ばれた。今年10月1日、50歳の若さでペプシコの最高経営責任者(CEO)に就任、フォーチュン500社で12人いる女性CEOの一人となる。2001年以来ペプシコのCFO(最高財務責任者)として炭酸飲料以外の分野に進出、同社を幅広いブランドを持つ食品グループに育て上げた功績が評価された。ペプシコは第2四半期決算で売り上げ86億ドルと1兆円を超える米国企業である。残念ながら日本では到底考えられないことだ。日本は少子高齢化を迎え、2025年には若者人口がインドの約20分の1になるとの予想だ。今年年頭の新聞インタビューで、奥田日本経団連会長(当時)は「優秀な外国人労働者に働いてもらうことが、人口減少社会の中での有効な方法」と語っている。しかし一方、シンガポールのリー・シェンロン首相は「今、日本に行く学生はいない」(日経ビジネス8月21日号)と言う。各国が優秀な人材の争奪戦を行っているとき、日本(日本企業)にはそういった優秀な人材を引き寄せる魅力がないということか。日本企業の未来がアジア展開の成否に掛かっていることは万人の認めるところだ。その成果を得るために今必要なことは、我々自身が変わることだ。  (島田 卓)
(INDO WATCHER 9月号編集後記)

■2006年8月
2006年8月
持続的成長と政府の関わり
世銀の「開発政策レポート2006」によれば、最早問題はインドが8〜10%の経済成長を達成できるかどうかではなく、その水準を維持していけるかどうかだ、ということらしい。その際の不安要因は、GDPの6割強という第三次産業への依存度の高さである。なぜなら、サービス産業が提供できる雇用数は非常に少なく、限界があるからだ。
 IT(情報技術)産業に限っていえば、年間でせいぜい30万人がいいところだ。その一方、インドでは大量の大卒失業者が生まれており、総失業者数の約1割強、500万人近くにもなる。どうすれば彼らを救えるか。答えは明白だ。製造業の基盤を整備し、学校教育と職業との溝を埋めることだ。そして政府の役割は、「命令や統制」をすることではなく、「仲介と助成」をすることだと世銀は指摘している。
 製造業の基盤整備にはインフラの拡充が喫緊の課題であるが、その進捗状況たるや到底満足の行くものではない。連立政権を閣外から支える左翼や地方政党が足を引っ張っているからだ。弱者救済と、もっともらしいスローガンを叫んでいるが、結果として弱者を更に弱めてはいないか。学者出身のマンモハン・シン首相は強い政治基盤を持たず、連立与党の舵取りで四苦八苦している。いっそのこと無策、無実行の首相に徹し、多くの権限を民間に委ねてはどうか。二桁成長は間違いなしと思うが。(INDO WATCHER 8月号編集後記)

■2006年7月
2006年7月31日
危し日本。どうする若者教育
都心のスーパー・マーケットに深夜買出しに行った。一定以上の酒類を買うと、カマンベール・チーズがワンパケージ無料になるクーポンを握って。買い物を済ませてレジに行くと、レジには普通の日本女性が3人と、小太りで浅黒い、見るからに南アジアの女性と思しき若い子が買い物客の清算をしていた。レジは込んでいなかったが、楽に済まそうと、その浅黒い南アジアの女性のレジは避け、日本女性が応対しているレジに行き、買い物の入った籠をのせてから、手にしたチーズがタダでもらえるクーポンを見せた。そのレジの女性はクーポンを手渡された後、それの意味するところを理解するまでに多少の時間を要した。その後、店内を巡回していた男性店員に呼びかけ、景品のチーズを持ってきてもらった。それからである。この女性は、無料クーポンのレジでの取り扱い方を知らなかったようで、どうレジを打ったらよいか戸惑っていた。そうすると、反対側にいた南アジア系の女性が脇から救いの手を差し伸べてきた。「まず、正規の買いもの分を打っちゃうの。それからこのキーを押して、チーズの清算はギフト扱いにするの」。

日本女性は言われた通りにレジを打ち、私の買い物の清算が終った。「つまらないギフト券なんかを持ってくるから手間取っちゃったじゃないですか」と言わんばかりに不愉快そうな顔をする日本女性。その一方で、ニコニコしながらてきぱきと同僚にレジ清算のやり方を教える外国人女性。それもかなり流暢な日本語を操る。あっけに取られてしまった。安全策をと思って下した私の判断が根底から覆されたわけで、日ごろ講演などで人様に、インド人に対する既成概念を捨てよ、なんて言っている自分が恥ずかしくなった。

日本語で、帰りがけに聞いてみたら、スリランカから来たという。「この10月で、日本に来て3年になります」とのこと。日本危し、である。それでなくても少子高齢化で日本経済の将来が危ぶまれているときに、アウェイでなく、ホームグランドでこんな状況を見せつけられてはたまらない。

日本の若者をどうやって本気にさせるか。政治家などは、高邁な政策論争を戦わせる前に、こういった現実を得と見定める必要がある。ダメな日本の若者を、優秀で懸命に仕事に励む外国人の若者に置き換えるのはたやすい。それで日本の将来がどうなるのか。世界的ベストセラー『フラット化する世界』を著した、ニューヨークタイムズ紙コラムニストのトーマス・フリードマン氏は、ある雑誌のインタビューで、こんなエピソードを披露している。『私はかって両親に「トム、ご飯は残さず食べなさい。中国やインドでは食べたくても食べることの出来ない人たちがいるのですよ」と叱られました。しかし、今、私は娘たちに「宿題をしなさい。そうしないと、中国やインドの人たちがおまえたちの仕事を奪ってしまうよ」と言い聞かせています』。その上で同氏は、今後必要な教育は、何を知っているかではなくて、どう学ぶかだと言う。なぜなら、我々が今日知っていることは、これまでに経験したことのない速さで、明日には時代遅れになるからである。日本の教育に携わる人たちは、こういったメセージをどう受け止めるのだろうか。どうする日本の若者教育、である。

2006年7月12日
どうする日本のアジア外交
アジアでは大きな政治的、経済的うねりが起きている。インドのシン首相は昨年12月、クアラルンプールで開かれた東アジア首脳会議(サミット)に出席、各国首脳と会談、「印・ASEAN関係は、インドが進めるルック・イースト政策の中核」(日経、2005.12.14)と述べ、ASEAN寄りの発言を行った。それに先立つ8月には、ASEANのオン・ケンヨン事務局長が、急成長中のインドなど南アジア地域協力連合(SAARC)加盟国との関係強化構想を打ち出し、こちらは「ルック・ウエスト」政策推進の姿勢を見せた。
その間の10月、モスクワで開かれたロシアと中国、中央アジア四カ国で構成する上海協力機構に、インドとパキスタンが初めてオブザーバー(準加盟国)として参加、オブザーバー国を含めた参加国の総人口は、世界人口の半分に迫る30億人を超えた。シンガポールやタイは既に自由貿易協定(FTA)をインドと締結している。今年1月早々、インドの石油・天然ガス相が訪中、資源エネルギー分野における中印間の協力関係の構築に動いた。
そして3月にはブッシュ米大統領が訪印、インドのような核拡散防止条約(NPT)非加盟国への核技術供与を禁じる法律が自国にあるにもかかわらず、インドとの民生用核技術協力を約し、自国の法律改訂に出た。こういった流れの中に、日本がどれだけ入っていけるか。日米関係も重要だが、米国との関係を重視するあまり、アジア外交に大きな遅れを取った場合の付けの大きさが心配だ。 
(INDO WATCHER 7月号編集後記)



■2006年6月
2006年6月9日
被差別カースト優遇策に見るインド政府の真意
インド政府が被差別カーストを対象とした難関大学への優先入学枠の大幅増加を決めたことで、インドの社会が揺れている。首都デリーでは5月中旬、主要医科大学の学生や医師らがストや抗議デモに打って出た。デモは全国に拡がり、参加者は約6千人にものぼった。
インド経済界も猛反発、優先枠の対象から外れるカーストは難関校への入学が極めて難しくなり、いわゆる逆差別化が生じ、教育レベルの低下に繋がると危惧した。
インド政府は生活力に恵まれず、教育機会にも恵まれない被差別カーストの救済策だとしているが、果たしてそうであろうか。インド政府の調査(National Sample Survey 55th 1999-2000)によれば、一人当たりの年間消費支出額は被差別カーストが1万5436ルピーで、一般カーストの1万6923ルピーに比べ遜色がないという結果が出ている(Economic Times 6/2'06)。
インドの政策決定は、事実とかけ離れた要因で行なわれることがある。もし今回の決定が、政治的思惑から出たものであったとしたら、インドのこれからを担う若者に誤ったメセージを送り、自国の将来を危うくしてしまう可能性がある。 やるべきことは優先枠の拡大などという小手先の手段ではなく、機会均等な初等教育の充実といった抜本的対策であろう。
今回の政府決定が動かぬなら、一定期間をおいて優先枠拡大の成果と意味を見直し、必要なら、今後は優先枠の削減等という柔軟な政策決定も考えておく必要があるのではないか。
(INDO WATCHER 6月号編集後記)


■2006年5月
2006年5月12日
J・K・ガルブレイスが残したもの
米国を代表するリベラル派経済学者で「ゆたかな社会(The Affluent Society)」などの著作で知られる米ハーバード大学名誉教授のジョン・ケネス・ガルブレイス氏(John Kenneth Galbraith)が4月29日、97歳で亡くなりました。『インドがアジアの将来と「自由世界」のために非常に重要であり、米国が親交を失うわけにはいかないという点で中国の競争相手になる』と述べたのは若くして米国大統領になったケネディです。その慧眼ケネディが1961年4月、米国大使としてインドに送り込んだのがガルブレイスさんでした。インドが非共産主義のモデルとなるよう、米国が援助するよう呼びかけ、当時10億ドルという破格の開発補助金を供与しました(『ガルブレイス』リチャード・パーカー著)。
 ガルブレイス氏のインド大使在任期間中には、62年の中印紛争や中国の核実験準備の問題などがあり、文化的な面での活躍はあまり語られていませんが、彼は頻繁に地方を旅し、その土地の人たちと交わりました。16世紀から18世紀のムガール帝国時代の絵画研究書も、インド人美術評論家と共同執筆しています。それと共に思い出されるのが、1960年前後にMIT(マサチューセッツ工科大学)を模したといわれるIIT(インド工科大学)が6校設立されていることです。米国の支援があったようで、そこで教育を受けたインドの秀才(頭脳)が米国に渡り、70年代から80年代のシリコンバレー開花に貢献したのではないでしょうか。ケネディ大統領がそこまで見通していたかどうかは定かではありませんが、結果として米国の長期的国家戦略に繋がったとも言えます。日本も同様に、ハード面だけではなく、そういったソフト面でのインドへの協力・支援を考えていく必要があると思います。(INDO WATCHER 5月号編集後記)


■2006年4月
2006年4月27日
見事に復活したインド製造業の「これから」
「インド」というブランドを世界に広めるためにインド政府が1億ドルを拠出して設立したのがインディア・ブランド・エクイティ基金(IBEF)。そのCEOであるアジェイ・カンナ氏が地元有力紙である「ヒンドゥ」に26日付で、インド製造業の過去・現在・未来について寄稿している。そのうち「未来」の部分を以下のように紹介している。
---世界規模での競争においてインド企業は今やトップを狙い始めている。タタ・モーターズは2008年までに価格10万ルピー(2,200ドル)の国民車の発売を計画中で、実現すれば世界で最も安価な乗用車の誕生となる。医薬品分野ではシプラエイズ治療薬で最先端を行く成果を収めている。同社が開発した新薬はエイズ治療のあり方を変えつつあるという。また、インド企業が高い研究開発力と卓越した技術力を発揮していることは、インドの産業地図を塗り替えているだけでなく、外国投資を呼び込む原動力にもなっている。外資勢によるインドの捉え方も変わってきた。トヨタや現代自動車、伊フィアットなどはインドの生産拠点をインドマーケット用に使うだけではなく、インド国外向けの輸出拠点として位置づけるようになっている。インドのものづくりのパワーが国際競争で優位に立つなどという話は10年前には眉唾ものだった。だが、いまやインドの製造業は世界の檜舞台に上がるだけの力を備えてきている---
インドでは毎年、約1,200万人の労働人口が生まれる。IT(情報技術)産業で吸収できるのは数十万人程度。残りは製造業で吸収しないといけない。インドがその製造業で力をつけてきているとしたら、将来にますます希望が持ててくる。願わくは、製造業を支えるインフラ整備にも拍車をかけて欲しいものだ。(PCA「インド・ウォッチ」)


2006年4月12日
インド政治の後進性
インド与党国民会議派の総裁であるソニア・ガンディーは3月23日、下院議員と国家諮問委員会(NAC)議長職を辞任した。ソニアが有給職のNCA議長を務めていることは議会法違反だとする最大野党インド人民党(BJP)の要求を、形式上受け入れたものだ。その一方で、早くも自身の辞職で補選が行なわれる選挙区に入り、立候補に備えて大演説会を挙行している。その際、壇上で一般市民を煽るためか、サーベルを天高く掲げた。まさにデ・ジャブである。
 BJPが勢力を伸ばし始めた90年の秋、当時総裁だったアドバニがインド西部のグジャラート州の聖地からラーマ神の生誕地アヨーディア(UP州)に向けた1万キロの行進を行なった。その際にもアドバニは激しい演説と血の儀式でヒンドゥー教徒を煽っている。世界最大の民主主義国家と言いながら、そんな時代がかった演出が一番効果的なのかと愕然としたものだ。そして今回のソニアの姿がアドバニにダブった。
 社会主義経済体制から自由主義経済に舵を切ってから15年、世界経済に占めるインドのプレゼンスは日増しに大きくなりつつある。しかし、選挙運動のやり方を見ていると、インドが自慢するエコノミック・スーパーパワーも、インド社会の底辺を変えるまでには至っていないことが見て取れる。何時までも血の儀式やサーベルでもあるまい。そんな儀式をしなくても有権者の賛同を得られる政治が必要だ。
 そのためにも一層の経済自由化による労働機会の拡大と、底辺に向けた富の再配分や初等教育の充実が必要になる。06年度国家予算も成立し、4月と5月に予定されている重要州の州議会選挙結果待ちというところだろうが、その後のインド政府の政策に期待したい。
(INDO WATCHER 4月号編集後記)

■2006年3月

2006年3月22日

インドルピー、完全交換性回復へのロードマップ
マンモハン・シン首相の指示によりインド中銀は20日、ルピーの資本取引の完全自由化を検討する委員会を設置、6人の委員を任命した。委員長には元インド中銀副総裁のタラポール氏(SS Tarapore)を充てた。同委員会は本年7月末までにインドルピーの完全自由化に向けたロードマップを提出する。委員長に任命されたタラポール氏は1997年同様の委員会が設置されたときにも委員長を務め、インドルピーの完全自由化を提唱している。しかしながら、1997年に起こったアジア通貨危機に災いされ、提案は実行に移されなかった。インドは91年の経済危機を乗り切り、93年には貿易取引における為替取引の自由化(市場相場制)に踏み切り為替管理を撤廃、経常取引におけるルピーの交換性維持を打ち出した。その翌年、インドはIMF8条国(注)に移行、一層の為替取引自由化への道に踏み出している。今回の首相指示には、潤沢な外貨準備(3月10日現在1,374億ドル)を背景に一層外資政策の自由化を図っていくことを世界にアピールする意図がある。インドの高い経済成長維持には農業政策や雇用創出、それにインフラの整備が欠かせない。インフラ整備は自国マネーだけでは足りず、どうしても外資の導入が欠かせない。外資の導入を図るためには為替取引規制は大きな障害となることから、早期完全自由化が必要と考えたものであろう。しかしながら、資本取引の完全自由化を行なうとなると、現在インド政府が規制しているインド株や不動産への外国人(個人)の投資にも道を開いてしまうことになり、過熱気味のインド経済人気に拍車を掛け兼ねない。最悪の場合には日本が酷い目に合ったバブルの悪夢を味わうことにもなろう。本件に関するインド有力紙への読者投稿(3/21,Financial Express)には、資本勘定の自由化よりも先にすることがあるとの主張で、それらは官僚主義の弊害である各種規制の緩和、税制や労働法の簡素化、そして生活環境の改善である。まったく同感と言わざるを得ない。中国のように厳しい為替管理下でも、あれだけの経済成長を遂げることができる。資本勘定の完全自由化は時間を掛けて、慎重に行なうべきものであろう。

(注)国際通貨基金(IMF)協定第8条で規定された義務を受け入れている国。第8条では、(1)経常取引における支払に対する制限の回避、(2)差別的通貨措置の回避、(3)他国保有の自国通貨残高の交換性維持、を規定している。


2006年3月10日

印米と日印、ビジネスの違い 
3月上旬のブッシュ米大統領訪印に伴って、米国有力企業のトップも大挙してインドに乗り込んだ。それら錚々たるお歴々はインドの劣悪なインフラと時間のかかるお役所仕事が米国からの投資阻害要因だとして酷評したらしい。ここまでは今年1月に来日したチダンバラム印蔵相を不愉快にしたという日本人の苦情と同じだ。すなわち、会う日本人が、みな「インフラが悪い。もっとインド政府が努力してくれなくては……」(2/20付け日経)と同じ苦情ばかり言うのには閉口したとのことだ。その際、日本企業のトップが苦情以外に何を言ったかは定かでないが、米国企業のトップはインド側経営者との間で主要6項目を明示し、官民合同での遂行を約している。具体的には、50億ドル規模の印米共同基金を設立し、それでムンバイに国際金融センターを創設すると共に大型経済特区の建設をサポートする。また、教育機関の充実を図ると共に人材開発面での協力を両国政府に提案、3年ごとに印米貿易を倍増させる目標を掲げたとのこと。米国は口も出すが金も出し、具体的数値目標まで明示している点が重要だ。日本が相も変わらず玉虫色の、言語明瞭意味不明な話し合いしかしないのであれば、インドとのビジネスは進まない。民間からの苦情と共に、具体的なビジネス目標が出たら、インド政府も動かさざるを得まい。結果が出なかったら、自分(インド政府)が非難される側に回ってしまうからだ。インド政府はそういった外部からのプレシャーを待ち望んでいるのではないだろうか。(INDO WATCHER 2006年3月号編集後記より)

■2006年2月

2006年2月10日
狼少年をやめたインド?
インド人が口癖の様に発する言葉に「No problem」や「We can do anything」というのがある。要するに、「問題なく何でも出来ます」ということなのだが、あくまで自分の想定内での話であって、その前提が狂うと(たいがいそうなのだが)出来ずじまいで、言い訳に終始する。インド政府が推進する民営化もその様相を呈していたが、最近どうも様子が違ってきた。デリーとムンバイの空港の民間への改善委託先が決まり、1月31日発表になった。当然の様にインド空港公団によりストが打たれ、飛行機の発着陸は出来るが空港内は清掃もできず、正にごみためと化し、散らかり放題だ。ドイツからデリーに到着したビジネスマンは、持っていたコーヒーの紙コップすら捨てるのをためらったとのこと。ところが2月3日、マンモハン・シン首相やパテル民間航空大臣が自ら乗り出し、民営化は断固推進するとの姿勢で局面の打開を図ると、共産党左派労組委員長は一般人からも非難ごうごうだったストの中止を発表した。首相や担当大臣の出馬は、共産党の顔を立てるためのものであったようだ。一般大衆を無視して、共産党もそう頑固に自説を押し通すことが出来なくなったことを物語っている。毎年1,200万人もの労働人口が生まれてくるインドは、雇用拡大のための経済基盤の拡大にまい進せざるを得ない。共産党幹部もその辺は当に承知の上で、後は名誉ある撤退をどう準備してやるかにかかっている。同じ時期開催されていたダボス会議が1月29日終わったが、今年の主要テーマは「中印の台頭」で、「中印の成長に高い関心」が示された。インド政府も商工相ら100人規模のチームを送り込んでいる。「遅遅として進む」と言われたインドの経済改革が加速度を増してきたように思える。日本のビジネス界にとっても、ここ2、3年が勝負時になるのではないか。(INDO WATCHER 2006年2月号編集後記より)
■2006年1月

2006年1月13日

貧困追放から雇用拡大へ
故インディラ・ガンディー首相は「ガリビー・ハタオ(貧困追放)」政策を前面に掲げた。
 新年の2日、マンモハン・シン首相は「ローズガル・バラオ(雇用拡大)」を今年度のスローガンとして掲げた。昨年12月27日にインド中銀のレッデイ総裁は「インドの巨大若年労働者層をインドの力と表現する人もいるが、適切な政策で雇用を増大させないと、悪夢に変わる」と警鐘を鳴らした。「インドはもう一つの中国になれる」と言ったのは香港在住のエコノミスト、マックストン氏だ。コスト削減に奔走する企業にとって、インドの高いソフト能力(組み込みソフト技術)を自動車部品製造などに生かすことで、大きな価値の創造につながると主張する。トヨタの奥田会長は「製造現場でもITをもっと駆使して、能率を上げていくことも非常に大事」(日刊工業06.01.01)と語っている。巨大なマーケットと人口を抱えるインドを、それだけで有望な投資先と見るのは皮相だ。インドやインド企業が今必要としているもの、そしてそれが自社にとってどんな意味合いを持ってくるのかを十分見極める必要がある。そのためには日本企業が、自ら進んで変わる必要も出てこよう。雇用拡大政策に打って出たインド首相発言の背景には、いろいろな意味で大きなビジネスチャンスが潜んでいる。それをどう解釈し、自社のインド戦略に転換していくか。楽しみな1年がスタートしたと言える。
 今年が皆様にとって、素晴らしい年になりますよう祈念します。(INDO WATCHER 2006年1月号編集後記より)

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